Posted on: 2020年4月18日 Posted by: 高速隊長 Comments: 0

指月伏見城:朝鮮出兵(文禄の役)開始後の1592年(文禄元年)8月に、豊臣秀吉が伏見指月(現在の京都市伏見区桃山町泰長老あたり)に建設。慶長伏見地震により、天守の上二層が倒壊。

木幡山伏見城:地震の後、櫓や殿舎の木材などを再利用し、慶長2年(1597年)5月に天守閣と殿舎が、更に同年10月には茶亭が完成した。

慶長5年(1600年)6月、徳川家康が会津征伐に向かった間に、小早川秀秋、島津義弘連合軍は鳥居元忠が城代となっている伏見城を4万の兵で攻城、同年8月1日炎上、落城した。

伏見桃山城:関ヶ原の戦い後、徳川家康は翌慶長6年(1601年)3月に入城し、伏見城と二条城の再建を開始し、慶長7年(1602年)6月に藤堂高虎が普請奉行に起用され、同年末頃にはほぼ再建完了。

慶長8年(1603年)徳川家康は、伏見城で征夷大将軍の宣下を受ける。以後三代徳川家光まで伏見城で将軍宣下式を実施。

———————————————————————————————————–

現在の建物は、1964年(昭和39年)に遊園地「伏見桃山城キャッスルランド」内に洛中洛外図に描かれた伏見城を参考にして5重6階の大天守と3重4階の小天守、櫓門などを伴った模擬天守が6億円(当時の金額)をかけて鉄筋コンクリート構造で造られた。遊園地は閉演したが、建物は地元へ無償譲渡された。

別 名:桃山城、木幡山城
城郭構造:梯郭式平山城
天守構造:不明(指月山・1592年築)
       (木幡山・1596年築/1601年再)
     複合式望楼型5重6階(RC造模擬・1964年築)
築城主:豊臣秀吉
築城年:1592年(文禄元年)
主な改修者:徳川家康
主な城主:豊臣氏、徳川氏
廃城年:1623年(元和9年)
遺 構:移築門、石垣、水堀、土橋、天守台

所在地:京都府京都市伏見区桃山町大蔵45