天文17年(1548年)、織田信秀が築城。三河国松平氏や駿河国今川氏などの侵攻に備えた城。信秀は、古渡城を放棄し、末森城を居城とした。
信秀が死去後、末森城の城主には、織田信勝(達成、信成、あるいは信行とも。織田信長の実弟)が。その後、家督争いで信長に反旗を翻すが敗れ、その後、清須城でうたれ、城は廃城に。
その後、信長の子の織田信雄が、小牧・長久手の戦いに際して使用。その遺構が現在のもの。現在は城山八幡宮となっており、
別 名:末森城、末盛城
城郭構造:平山城
天守構造:なし
築城主:織田信秀
築城年:天文17年(1548年)
主な城主:織田氏
廃城年:不明
遺 構:空堀、石碑
所在地:愛知県名古屋市千種区城山町2丁目88