Posted on: 2020年4月9日 Posted by: 高速隊長 Comments: 0
岡山城

豊臣時代の宇喜多秀家の時代に完成。別名:烏城で、岡山市のシンボル。

庭園『後楽園』でも有名

関ヶ原の戦いの後、秀家は流罪となり、小早川秀秋が入城。その没後は池田氏の居城となる。

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岡山城

別 名:烏城、金烏城
城郭構造:梯郭式平山城
天守構造:複合式望楼型4重6階(1597年築)
(鉄筋コンクリート造外観復元・1966年)
築城主:上神高直
築城年: 1346年 – 1369年(正平年間)
主な改修者:宇喜多秀家、小早川秀秋、池田忠雄
主な城主:宇喜多氏、小早川氏、池田氏
廃城年:1873年(明治6年)
遺 構:櫓、石垣、堀
指定文化財:国の重要文化財(月見櫓、西の丸西手櫓)
      国の史跡
再建造物:天守・門・塀

所在地:岡山県岡山市北区丸の内2丁目3−1

日本100名城 No.70